食料と農業の世界統計
日本語

肥料価格の世界地図を描けないとき――異分野の数字を混ぜないための資料点検

食料と農業について、世界の統計を定点観測する

トップ読みもの

「地図がない」という調査結果

肥料価格の世界地図を作るには、国や地域ごとの価格を比較できる資料が必要になる。ところが、今回示された資料に収録されているのは肥料価格ではない。水産加工業を営む事業所が直面する経営課題について、水産庁が調べた結果である。

したがって、この資料から肥料価格の高低を国別に並べたり、価格上昇の地域差を色分けしたりすることはできない。題材に近そうな「価格」「原材料」「流通」といった言葉だけを拾って肥料の説明に転用すれば、調査対象も指標の意味も違う数字を結び付けることになる。

世界地図を埋めることより、使えない資料を明確に区別することが、この記事の出発点となる。

資料が実際に示しているもの

示された数値は、いずれも2020年3月3日の水産加工業経営実態調査に基づく。回答は複数回答であり、それぞれの項目を選んだ事業所数として読む必要がある。

調査で挙げられた短期的な経営課題該当した事業所数時期
利益率が下がっていること134事業所2020年3月3日
原材料を確保しにくいこと102事業所2020年3月3日
価格や品質をめぐる競争が強まっていること101事業所2020年3月3日
流通にかかる経費が上がっていること34事業所2020年3月3日

この表から分かるのは、水産加工業の経営課題として何が挙げられたかである。肥料そのものの価格、取引量、輸送費、原料費、農業経営への影響を測った結果ではない。

たとえば、2020年3月3日に「原材料を確保しにくいこと」を挙げたのが102事業所だったとしても、その原材料を肥料と読み替えることはできない。同様に、2020年3月3日に「流通にかかる経費が上がっていること」を挙げた34事業所という結果も、肥料の輸送費を示す数字ではない。

肥料価格の世界地図に必要な比較軸

肥料価格を地図にする際には、少なくとも「何の価格か」「どの取引段階か」「どの単位か」「どの時点か」がそろっていなければならない。農家が購入する価格と、流通段階の価格を同じものとして扱うことはできない。品目や品質が違えば、同じ価格という名称でも中身は変わる。

さらに、国別の数字が存在していても、調査時点や集計方法が異なれば、そのまま色の濃淡に置き換えることは難しい。地図は差を直感的に見せる一方、定義の違いを隠しやすい。空白の国を似た地域の数字で補ったり、異なる産業の統計を代用したりすれば、見栄えは整っても比較の根拠が失われる。

今回の資料で確実に言えるのは、水産加工業では2020年3月3日に利益率、原材料の確保、競争、流通経費などが経営課題として回答されたということまでである。それ以上を肥料価格へ広げないことが、統計を扱う際の重要な境界線になる。

日本の読者が地図を見る前に確認したいこと

肥料価格の地図が示されたときは、色分けされた順位より先に、資料名と調査対象を確認したい。国別の価格に見えても、実際には特定の産業への聞き取り、経営者の認識、価格指数、事業所数など、別の指標である可能性があるからだ。

今回のように、資料とテーマが一致していない場合、責任ある結論は「この資料だけでは地図を描けない」と明記することである。これは情報の不足を隠す態度ではない。何が分かり、何が分からないかを切り分け、将来ほかの国や地域の資料と比較できる土台を守るための判断である。

肥料価格の世界地図に最初に引くべき境界線は、国境ではない。価格データと、それ以外の経営統計を分ける線である。

出典